僕は自分の状態を知るためのチェックポイントを3つ持っています。それは,①「常に自分の限界まで能力を発揮しようとしているか」,②「自分にコントロールできない物事をコントロールしようとしていないか」,そして③「自分に関係しているあらゆる人間や事象に対して感謝の気持ちを忘れていないか」です。
しかしそうは言っても,心に余裕がなくなってくるとどうしても感謝の心を維持できなくなり,その結果公私共々うまく事が進んでいかないということが多々あります。逆に言うと,「最近なんかうまくいかないな」などと思う時は必ずと言っていいほど感謝の気持ちを忘れています。それくらい僕にとっては重要なチェックポイントなのです。
ところが,そんな僕も子供の頃はよく母親や親戚に「お前には感謝の心がない」と叱られていました。そして正直に言いますと,当時は感謝の気持ちを持つことがそれほど大切なことだと思えなかったのです。それを理解できたのは,大学生になってからのことでした。
だから今でも,「もっと早く『感謝できる人間』になっていればもっと違った人生を歩めたはずなのに・・・」と考えてしまいます。そして,塾生にも「何よりも感謝できる人間になってほしい」と願っています。
ただ残念ながら,この世の中自体にそれほど「感謝の心」が満ち溢れているとは思えません。大人たちにそういった余裕が感じられません。本来は余裕などなくても感謝を忘れてはならないはずなのですが,今は「感謝の大切さはわかるけれど,そんな余裕なんてないよ」という声があちらこちらから聞こえてきそうな雰囲気です。
では,人間はなぜこれほど大切なことをすぐに手放してしまうのでしょうか?どうしてこんなに肝心なことを忘れて生き続けてしまうのでしょうか?
僕は大人たちが「目に見えるもの」ばかりを重視しているからだと考えています。確かにその存在に気付きやすく,効果もわかりやすい「目に見えるもの」の方がより重要視しやすいのは当然でしょう。しかし,僕は大切なものは「目に見えないもの」であるといつも思っています。そして,目に見えないからこそ大切なのだとも思っています。だからその分,大切なものに気付こうとするには頭も心も働かさなければならないのだと絶えず自分に言い聞かせています。
大人の目からも何が大切なのかがわかりにくい今の時代にあって,子供たちが確かな何かを手にしたいと願うならば,僕は何よりも感謝の心を手にしてほしいと思います。そして,一日も早く感謝できる人間になり,そこから世界がどれだけ広がるかを体感してほしいと心から願っています。「自分一人の力では今日一日だって生きられない」と悟った時,本当の勉強が始まるのだと思います。
