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来週の火曜日(6/25)の新聞朝刊に、夏期講習生募集チラシが入ります。

今回は「やっぱり理解力がすべて!」というテーマで作成したのですが、

中心となるのは、この春に東京大学と京都大学に合格してくれた塾生による文章です。

2人とも執筆依頼を快諾してくれて、本当に素晴らしい文章を書いてくれました。

チラシに掲載するための文章ではありますが、チラシが届かない地域の方々にも

このウェブサイトを通じて2人の文章を読んでいただきたいので、

今週はその全文を掲載したいと思います。

是非ご覧ください。

 

 

 

東京大学 文科三類 合格 N君

「学び」は「森」である

「学びの森」の先生方は「いいから丸暗記しなさい」とは絶対に言いません。テストに役立つ小手先のテクニックも教えてくれません。教えてくれるのはずばり「本質」です。本質を理解するのは時間がかかるし、大変なことです。それでも「本質を理解する」ことにこだわるのはなぜでしょう?

みなさん、森を思い浮かべてみてください。木々がうっそうと生い茂っているので先は見通せないし、足元もでこぼこして転んでしまいそうですね。「学び」の世界はまさにそんな世界です。しかも中学校、高校、大学と進むにつれて深い森になってゆきます。でも、「本質」はどんな森でも道しるべになってくれるのです。

例えば、僕が中学生の時に理解した英語の「本質」は、今大学の授業で英語の論文を読むときにも役立っていますし、現代文の「本質」はどんな文章を読むときも書くときも(この文章を書いている今も)助けになっています。

それに対して、「丸暗記」や「小手先のテクニック」はその時しか使えません。定期テストで通用したとしても、入試では何の役にも立ちません。

僕は「学びの森」で理解し蓄えた「本質」の力で大学入試という「森」のゴールに達することができました。でも、それは大学という新たな「森」の入り口でした。今、僕は大学というとても深い「森」で学んでいます。高校とは比べものにならないほど広大でうっそうとした森なので、ときどき迷子になりそうです。でもきっと大丈夫、と信じています。「学びの森」で手に入れた「本質」があるのですから。

 

 

 

京都大学 法学部 合格 T君

僕が学びの森で得た最も大きなもの、それは「頭を限界まで使い抜けば、自分にできないことは無い」という自信です。この自信は、これからの人生で必ずや大きな武器になるだろうと確信しています。

では、なぜそのような自信が生まれたのか。その秘密は学びの森で味わった、一つ一つの「成功体験」にあります。自分に自信が無かった僕が、数々の壁を乗り越えて得た達成感が、自信の源です。

それでは、その成功体験を可能にしたものは何か。それは紛れもなく、「理解力」だと断言できます。理解力とは「頭の中で整理する力」であり、全ての思考の土台となる能力ですから、これが無いことには何もできません。

学びの森は「理解力を大切にする」という点で、他の学習塾とは明らかに違います。僕は小学生の頃から札幌中心部の大手学習塾を転々としてきたのですが、そこで重視されていたのは「どれだけ勉強ができるか」ということだけでした。学習塾ですからそれが当然なのかもしれませんが、結局そこで身につくのは勉強の能力だけです。しかし学びの森が大切にする「理解力」は、あらゆる能力の源となる力です。勉強の力だけでなく、コミュニケーション能力や問題解決能力といった、言わば「生きる力」は、全て理解力に基づくものです。

僕は学びの森の先生方と出会って理解力を身につけられたことを本当に幸せだと感じていますし、感謝してもしきれないほど恵まれていると感じています。これを読んで下さっている方にも、学びの森で文字通り人生を変える出会いをしてほしいと切に願っています。