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8月の終わりから9月半ばにかけて、毎年卒業生が帰省して会いに来てくれます。

大学生もいれば社会人もいます。20代が主ですが、中には30代もいます。

今年もたくさん会いに来てくれましたし、これからもまだ数名と会う予定です。

 

事前に「○月○日から○日まで帰省するから会いたいです」という旨のメールをく

れる生徒もいれば、突然塾に現れる生徒もいますが、それぞれとゆっくり話がで

きる時間をなるべく設けています。

 

卒業生がそのような形で会いに来てくれるというのは、僕にとっては、第一志望

校合格の報告と同じくらい嬉しいものです。

 

もちろん、その「喜び」の中身は違います。

「合格の報告」は、まず「その生徒自身が大喜びしているのが見られる」ことが

嬉しいのです。

そして、「プロとしての責任を果たせて良かったという安堵感」のような喜びも

あります。

 

一方、「卒業生が会いに来てくれる」というのは、まず何よりも、「学校ではな

くてただの塾なのに…」という有り難さです。

学校なら同窓会やら何やらあると思うのですが、塾というのは、そもそも「受験

で結果を出すために通う所」であるはずです。

ということは、「受験で結果が出たらもう用はない」となるのが当然だと僕は思

います。

確かに、他塾さんとは生徒たち一人ひとりとの向き合い方が違うのではと(個人

的には)思いますが、それでも、「所詮ただの塾」であることに変わりはありま

せん。

したがって、卒業生が会いに来てくれるのは本当に有り難いのです。

 

また、中には結婚や出産の報告をしてくれる生徒も少なからずいます。

結婚式に招待してくれる卒業生もいます。

僕は「卒業生全員が(誕生日を迎えていれば)現在何歳なのか」を把握しているの

ですが、それは、「現塾生だけでなく、卒業生のこともいつも考えている」から

です。

それこそ毎日、様々な学年のいろいろな生徒のことを思い出し、考えています(心配もしています)。

だからこそ、そのように「先生に人生の節目の報告をしたい」と思ってもらえる

事自体がこの上なく有り難いのです。

 

前回、「この仕事の喜びは、生徒たちの本気の輝きと光を最前列で見られること

です」と書きましたが、それと同じくらい、「卒業生が会いに来てくれる」のも

かけがえのない喜びです。

 

大学生の頃にこの仕事と出会い、東京でも札幌でもたくさんの素敵な生徒たちと

出会い、いまだに未熟で至らないところばかりなのですが、その生徒たちと日々

本気で向き合い、それだけでも十分に幸せなのですが、少なからぬ卒業生が会い

に来てくれます。

東京の頃の教え子たちが今でもわざわざ札幌に来てくれることもあります。

おかげ様で「こんなに有り難く幸せなことってあるのだろうか」と心がいつも大

きな喜びに包まれています。

 

この「感謝と喜び」を胸に、これからも生徒たちと本気で向き合っていこうと思います。