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子供の頃、僕は甘やかされて育ちました。

長距離トラックの運転手だった父親はほとんど家におらず、母親と姉とのほぼ3人暮らしでしたが、僕は母にずいぶん甘やかされたと今でも思います。

また、僕は同学年の子より明らかに幼かったのです。

当時からその事にうすうす気づいていたのですが、実際は僕が気づいていたのよりはるかに幼かったと思います。

中学では野球部に入部し毎日かなり厳しい練習をこなし、中2と中3で生徒会副会長と会長も務めましたが、どちらも僕には楽しかった思い出しか残っておらず、あまり成長できませんでした。(高校では部活も生徒会もやりませんでした…)

 

つまり、「そもそもかなり幼かった」子が「親に甘やかされ」、「学校や部活でもあまり成長できず」に、しかもそれが高3まで続いてしまったのでした(最悪ですね…)。

 

高校卒業後上京して一人暮らしを始めましたが、僕はすぐに「自分の弱さ」に直面しました。

情けないことに、何をするにもすぐに心がくじけてしまうのです。

「めんどくさいなあ」「もう嫌だなあ」「やりたくないなあ」という負の言葉が心を占めてしまうのです。

そんな弱い自分も嫌なのですが、それより心がくじけるのが早いのです。

 

あの頃の「弱くてどうしようもない自分」を僕は今でもよく憶えています。

 

その後、大学に通いながら塾講師の仕事を週に6日それこそ無我夢中で必死にやっているうちに、少しずつ少しずつ人間的に成長できたのでしょう。

大学4年になり就職活動が始まる頃には、周りの就活生を見て「幼いなあ」と思うようになっていました。

就職活動でも企業の人事の方々に評価され、多くの内定をいただきました。

 

今ではよくわかります。

「大学の勉強と塾の仕事に必死になった時、僕は初めて自分と向き合えたんだ」ということを。

そして、幼い頃祖母から何度も聞いた「若い頃の苦労は買ってでもしろ」という言葉の意味も。

 

僕が「弱くてどうしようもなかった」のは、

自分と向き合おうとせず、自分のやるべきことを積み上げてこなかったからです。

僕が「少しずつ成長でき、就職活動でも評価されるようになった」のは、

自分と向き合い、自分のやるべきことをきちんと積み上げられたからです。

 

この両方の経験から

「自分と向き合い、自分のやるべきことをきちんと積み上げていけば、人生は厳しいけれど何とかなる!」

ということを僕は学びました。

同時に、「自分と向き合い、自分のやるべきことをきちんと積み上げていく経験は、なかなかできない」

ということも実感としてありました。

 

だからこそ、僕は16年前に創ろうと思ったのです。

「塾生が自分と向き合い、自分のやるべきことをきちんと積み上げていく経験を積み上げていく場(塾)」を。

 

今どんなに弱くてどんなに甘えている生徒にも、いくらでも可能性はあるのです。

とにかく逃げずに、自分と向き合ってみる。そしてやるべきことを必死に積み上げていく。

そうすれば、どんな生徒も必ずなんとかなります。僕自身がそうだったように。

人生は厳しいものではありますが、自分と向き合い頑張っても報われないほど厳しくはありません。

 

だからこそ、僕は学びの森で「ただ勉強を教える」というようなことはしたくないのです。

この塾で「自分と向き合い、自分のやるべきことを積み上げる」経験をしてほしいのですから。

塾生のみんなに「だれかに頼るのではなく、自分の力で自分の人生を歩む」経験をしてほしいのですから。

 

これからも塾生が自分のやるべきことと向き合い、積み上げていけるように、

僕は最前列で一人ひとりを見守り、支えていきたいと思います。