「あたりまえ」が常に最善なんですよね。
たとえば、どうしても野球が上手になりたかったら、
あたりまえに考えれば、可能な限り練習しようとするはずなんです。
たとえば、どうしてもお金を貯めたかったら、
あたりまえに考えれば、収入を少しでも増やし、
支出を少しでも減らそうとするはずなんです。
たとえば、どうしてもダイエットに成功したかったら、
あたりまえに考えれば、消費カロリーを少しでも増やし、
摂取カロリーを少しでも減らそうとするはずなんです。
たとえば、どうしても勉強ができるようになりたかったら、
たとえば、どうしても第一志望校に合格したかったら、
あたりまえに考えれば、毎日少しでも長く勉強したいと願うはずなんです。
でも、なかなかそういう発想には至らない。
というよりむしろ、そういうあたりまえを避けようとしてしまう。
どうしてもラクな方へラクな方へと気持ちが向かってしまう。
正直なところ、
残念ながら、僕の心の根っこにもそういう甘い考えが横たわっています。
それは潔く認めざるを得ません。
でも、その心の根っこで物事に取り組んでいては成果など出せません。
これももう厳然たる事実です。
あたりまえにやれば、あたりまえの結果が出ます。
あたりまえにやらなければ、あたりまえの結果は出ません。
いつもあたりまえに生きていける。
そういう人になりたいものです。