No.524 H27.6.20

失敗した時に、

「ああ失敗しちゃった」で終わる生徒と「なんで失敗しちゃったんだろう?」と考える生徒。

 

この両者の差はきわめて大きいと僕は思います。

 

前者は残念ながらこれからも同じ失敗を繰り返していくでしょう。

でも、後者には改善できる可能性があります。

 

人間のあらゆる思考は「なんでだろう?」という「自問」から始まるからです。

そして、それに対する「自答」で思考はさらに進展するのです。

 

つまり、「なんでだろう?」と自問できなければ、

思考は停止したままなのです(少なくとも僕はそう考えます)。

 

定期試験の点数が悪かった時に「なんでだろう?」と思えるかどうか。

部活で自分の技術が伸びていかない時に「なんでだろう?」と思えるかどうか。

友達との人間関係がうまくいかない時に「なんでだろう?」と思えるかどうか。

 

実に大切な要素だと思います。

 

また、「なんでだろう?」と自問している人は、

他人からの助言も素直に聞き入れやすいというメリットもあります。

すでに問題意識を抱いているわけですから。

 

さらに、「自問自答」は良い結果が出た時にも使えます。

結果が良かった時に「なんでだろう?」と自問しその理由が分かれば、

次回もまた良い結果を期待できるからです。

あるいは、「なんでだろう?」と自問し、「ただのまぐれだった」とわかれば、

次回は自分を戒めることもできるからです。

 

そういった意味で、僕は塾生に対して、

「この子は自問自答ができているのだろうか?」という視点も常に持っています。

 

特に中学2年生以上の生徒には、「自問自答」を求める気持ちが強いです。

 

なぜなら、自問自答できない生徒は、

物事に対して主体的に取り組めず、どうしても受け身になってしまい、

そのままでは中2の二学期以降の勉強が厳しくなってしまうからです。

 

このお便りにもよく「自分の頭で物事を考える」ということを書いていますが、

それはつまるところ、「自問自答をたえず繰り返す」ということと同義だと僕は思っています。

 

この「自問自答」については、30日から始まる保護者様との面談でも

これからの学習のキーワードの1つとしてお話しさせていただくことがあると思います。

僕にとっては、教育を考えるうえでそれくらい重要な要素なのです。