「毎日生きていられるということ」
「毎日ご飯が食べられるということ」
「毎日健康でいられるということ」
「毎日家族と一緒にいられるということ」
どれもが当たり前すぎて
今ひとつ喜びを実感できなかったりします。
どれもが当たり前すぎて
そもそも喜びなのかもわからなくなったりします。
でも、
いつの日かそれを失ってしまったら、
その時に初めて「とても大切なことだったんだな」と
心の底から強い思い入れを感じるのでしょう。
「もっとこうしておけば良かった」と悔いるのでしょう。
それが人というものなのかもしれません。
けれども、
そういうことを僕はとても悲しいことだと思うのです。
失ってみて初めて「その大切さ」に気づくのですから。
気づいたときには「もう存在しない」のですから。
そのことに気づいて以来、
僕は自分がする行為(仕事など)以外は
「何事も当たり前だと思わない」ようにして生きてきました。
「誰かがそこにいてくれること」や
「誰かが何かをしてくれること」や
「自分が今日も生きていられること」に対して
いつもありがたみを感じるようにして暮らしてきました。
「それが存在するうちに」喜びをかみしめたかったのです。
「それが存在するうちに」感謝の思いを伝えたかったのです。
「自分が今日もここにこうしていられること」
「誰かが今日も同じようにそばにいてくれること」
「世界が今日もいつものようにたたずんでいてくれること」
そういったことに対してもう少し自覚的でいられたら
僕はもう少し成長できるような気がします。
たまに勉強とは関係のないことを書いてみたいと思ったら
このような文章が僕の中からするっと出てきました。
