No.198 H19.11.24

「毎日生きていられるということ」

「毎日ご飯が食べられるということ」

「毎日健康でいられるということ」

「毎日家族と一緒にいられるということ」

どれもが当たり前すぎて

今ひとつ喜びを実感できなかったりします。

どれもが当たり前すぎて

そもそも喜びなのかもわからなくなったりします。

でも、

いつの日かそれを失ってしまったら、

その時に初めて「とても大切なことだったんだな」と

心の底から強い思い入れを感じるのでしょう。

「もっとこうしておけば良かった」と悔いるのでしょう。

それが人というものなのかもしれません。

けれども、

そういうことを僕はとても悲しいことだと思うのです。

失ってみて初めて「その大切さ」に気づくのですから。

気づいたときには「もう存在しない」のですから。

そのことに気づいて以来、

僕は自分がする行為(仕事など)以外は

「何事も当たり前だと思わない」ようにして生きてきました。

「誰かがそこにいてくれること」や

「誰かが何かをしてくれること」や

「自分が今日も生きていられること」に対して

いつもありがたみを感じるようにして暮らしてきました。

「それが存在するうちに」喜びをかみしめたかったのです。

「それが存在するうちに」感謝の思いを伝えたかったのです。

「自分が今日もここにこうしていられること」

「誰かが今日も同じようにそばにいてくれること」

「世界が今日もいつものようにたたずんでいてくれること」

そういったことに対してもう少し自覚的でいられたら

僕はもう少し成長できるような気がします。

たまに勉強とは関係のないことを書いてみたいと思ったら

このような文章が僕の中からするっと出てきました。