2歳9か月になる娘を見ていると、つくづくこう思います。
自分の目で見たり、耳で聞いたり、舌で味わったり、
自分の肌でふれたり、手でさわったり、足で踏んだり、
自分の頭で考えたり、心で感じたり、受け止めたりした
そのすべてを滋養として「その人そのものが形作られる」んだな、と。
毎日毎日着実に確実に変化していく娘を見ていると
(それが良い変化かどうかはともかくとして)、
人間が本来持っている「変化し続ける力」のすごさに驚嘆せざるを得ません。
あまりのすごさに、
「子供の成長しようとする力はどうしてこれほどまでに強力なのか?」
と考えてしまいます。
もしかすると、
「もうこれでいい」とか「自分はわかっている」ということを
考えない(そんな言葉自体知らない)からではないのでしょうか。
つまり、成長を阻む心のブレーキを持っていないからということです。
ふとそう考えました。
「言い訳」や「出来ない理由」など心に浮かばず、
「めんどうくさい」や「やりたくない」などとも思わずに、
出来るようになるまで何度も何度もやり続ける。
その必然の結果として出来るようになる。
アクセルを踏むのではなく、ブレーキを踏まないことが推進力となる。
そう思えてきました。
でもそれはもしかしたら、
「大人であっても、ブレーキさえかけなければ、どこまでも成長し続けられる」
ということなのかもしれません。
自分さえブレーキをかけなければ、もう誰も何も邪魔はしない。
自分にブレーキをかけるのは、自分だけ…。
今考えた仮説ですが、つきつめれば面白いところにつながりそうです。
まずは「今自分が踏んでいるブレーキが何なのか?」について
確かめるところから、僕も始めてみようと思います。
