No.342 H23.3.12

2歳9か月になる娘を見ていると、つくづくこう思います。

 

      自分の目で見たり、耳で聞いたり、舌で味わったり、

      自分の肌でふれたり、手でさわったり、足で踏んだり、

      自分の頭で考えたり、心で感じたり、受け止めたりした

      そのすべてを滋養として「その人そのものが形作られる」んだな、と。

 

毎日毎日着実に確実に変化していく娘を見ていると

(それが良い変化かどうかはともかくとして)、

人間が本来持っている「変化し続ける力」のすごさに驚嘆せざるを得ません。

 

あまりのすごさに、

「子供の成長しようとする力はどうしてこれほどまでに強力なのか?」

と考えてしまいます。

 

 

もしかすると、

「もうこれでいい」とか「自分はわかっている」ということを

考えない(そんな言葉自体知らない)からではないのでしょうか。

つまり、成長を阻む心のブレーキを持っていないからということです。

ふとそう考えました。

「言い訳」や「出来ない理由」など心に浮かばず、

「めんどうくさい」や「やりたくない」などとも思わずに、

出来るようになるまで何度も何度もやり続ける。

その必然の結果として出来るようになる。

アクセルを踏むのではなく、ブレーキを踏まないことが推進力となる。

そう思えてきました。

 

でもそれはもしかしたら、

「大人であっても、ブレーキさえかけなければ、どこまでも成長し続けられる」

ということなのかもしれません。

 

自分さえブレーキをかけなければ、もう誰も何も邪魔はしない。

自分にブレーキをかけるのは、自分だけ…。

今考えた仮説ですが、つきつめれば面白いところにつながりそうです。

 

まずは「今自分が踏んでいるブレーキが何なのか?」について

確かめるところから、僕も始めてみようと思います。