新年度へ向けての期末面談が連日続いています。今週はその過程で僕が考えたことを書いてみたいと思います。
ニュースを見ても新聞を見ても,取り上げられているのは以前では想像もつかなかったような凶悪な犯罪であったり,あるいはおれおれ詐欺に代表される悪意に満ちた事件であったりと,心を痛めるような事ばかりです。食べ物ひとつ取っても,一連の偽装表示疑惑により安心して買うことができなくなっています。つまり,何をするにも疑ってかからねばならないような,そんな世の中へと変質しているのではないでしょうか。その結果,実感として世の中全体から「確かなもの」「信じられるもの」が確実に減ってきているような気がしています。身の周りにそのようなものがあって当たり前だった平和な時代が知らぬ間に過ぎ去り,気付いたら何もかもが不審で不確かな世界の真っ只中に置き去りにされてしまったような気がします。
そのような現代社会において,僕は「確かなもの」や「信じられるもの」が身の回りに一つでも多くあるということが実は幸せなのではないか,それが幸せになることは本来なら悲しいことなのだけれど,実際のところそういった「確かで信じられるものとの連帯」のようなことが現代では純然たる幸せと受け止められてもいいのではと考えています。「信用できる人間」「確かな食べ物」「信じられる組織」「心許せる存在」等々,それらが増えれば増えるほどその人生が豊かになっていくような気がしてなりません。
僕が目指す創優会の理想像も実はそういったものなのです。慈善事業ではありませんし,僕と社員の生活もかかっていますから,相応の料金はいただきます。しかし,その前提で限りなく公に対して開かれているといいますか,子供たちに勉強を教えるという行為を通じて世の中を少しでも良くしたい,公共の福祉に貢献したいと僕は考えていますし,教育はまさにそのために存在しなければならないと思っています。子供たちは社会の宝なのですから,少なくとも教育関係者は他の業種とは一線を画し,その宝を責任持って大切に大切に育て,立派な社会人へと成長させる一助とならねばならないのだと僕は考えます。全ての価値がお金で決められる現代で,せめて教育業界だけでも(本来ならば医療もそうでなければならないのですが)違った尺度で,例えば「純粋に子供たちの未来の可能性を広げられるのかどうか」といった価値観で業界全体が進んでいくという共通認識が根底になければならないのだと僕は常々考えています。
価値観が多様化し何が大切なのかがわかりにくくなっている今だからこそ,「子供たちにとって真に大切なもの」について社会全体が考えなければならないですし,創優会自体もそのような確固たる理念に基づいた上で存在しなければならないのだと思います。その結果として,皆様が創優会を数少ない「確かなもの」の一つとして考えていただけるならばこの上なく有難いです。「塾は結果を出してくれればいい」というようにお考えの方もいらっしゃるでしょう。もちろん創優会も結果を出すべく講師一同日々精一杯仕事に取り組んでいます。しかし,ただそれだけではなく,根本に上記のような理念や信念があるかどうかも大切なのではないかと僕は思うのです。
「子供たちの未来」についてはこれからも当欄で考え続けたいと思います。ご理解の程宜しくお願い申し上げます。
