全く同じ額の貯金を持っている大学生が2人いたとします。
仮にA君とB君としましょう。
A君は大したアルバイトもせずに
ただ親からの仕送りを貯めて貯金をしました。
親からの仕送りが多すぎるというだけの話なのですが、
とにかくある程度のお金は貯まりました。
B君は親からの仕送りが一切なく
ただひたすら働いて働いて働き抜いて
生活費を捻出した上で少しずつお金を貯めていきました。
二人の預金額は同じです。
でも、預金額以外は何から何まで違います。
この比喩を使って何を言いたいのかというと、
「自分の力で身につけたものにこそ価値がある」ということです。
それがどんなに少ないものであっても
それがどれほどささいなことであっても
親や他人からもらったものではなく、
自分の力で手に入れたものこそが「その人間の真の価値」だと思うのです。
そう考えると、
それほど頑張らなくてもすぐに出来てしまう人というのは
実はとても不幸だということになります。
それほど頑張らなくても出来てしまうということは
「親からもらった才能で出来ている」ということになるからです。
それは「その人間の真の価値」には当たりません。
A君は親がいなくなってしまうと途方に暮れてしまうでしょう。
それこそ預金以外には何も残りません。
でも、B君は親がいなくなっても悲しむでしょうが途方に暮れることはありません。
預金以外の力が彼を支えるからです。
創優会で僕がやりたいことは、結局こういうことだと思うのです。
勉強を教えることが仕事ですが、いつも見えている世界は上記のようなものです。
塾生一人ひとりが強く生きていけるように、
たとえどんな環境におかれてもたくましく生き抜いていけるように、
それこそB君のような生き方が出来るように、
僕はこの6年間毎日そう願い、塾生を指導してきました。
お金のような「なくなってしまうもの」よりも
「決してなくならない力」を身につけてほしい。
この世界に「確かなもの」が本当にあるとしたら、
それは間違いなく「生き抜く力」です。
