僕は自分でもかなり理屈っぽい人間だと思うのですが、
でも実は、「理屈抜き」という言葉の方が好きなんです。
「理屈抜きでほしい!」
「理屈抜きでやってみたい!」
「理屈抜きで結果を出したい!」
「理屈抜き」という言葉には
「むき出しの意志のようなもの」がほとばしっていて、
「人間らしさ」も感じられるので、
僕はとても魅かれるのです。
よく生徒と保護者の間でこのような会話が見られます。
保護者「なんでその高校に行きたいの?」
生 徒「わかんないけど、行きたいんだ」
保護者「理由もないのに行きたいの?」
生 徒「うん。理由はないんだけど、とにかく行きたいんだ」
保護者「理由がないのはダメだよ。それは行きたいうちに入らないよ」
生 徒「うーん…」
僕はこの生徒の気持ちは決して嘘ではなく、
「理屈抜き」で行きたいのだと思います。
いやむしろ、「理屈抜き」だからこそ
「本当の気持ち」と呼べるような気さえします。
大人は子供にとかく「理由」や「根拠」を求めがちです。
でも、もしかするとそうすることで、
「子供は自分の本当の気持ちがわからなくなる」のかもしれません。
子供たちの思いをそのまま受け止めてあげられるような、
そしてその思いをそのまま生き方に反映させてあげられるような、
そういう教育を僕は創優会という場でやってみたいのです。
もちろん、僕がこう願うのも「理屈抜き」です。
